コンテンツへスキップ

作業療法とは

はじめに

作業療法とは、個人にとって価値や目的のある日常生活活動(生活行為)を主な手法として、心身両面の生活・社会機能の維持、増進を図るクライエント中心型のリハビリテーションです。作業療法学は、解剖学、生理学、神経学、精神医学、心理学などの幅広い基礎学問のうえに成り立ち、近年では脳科学の発展にともなう科学的根拠が集積しつつあります。

京都大学では、作業療法士の国家資格を取得し、臨床現場で活躍できる知識・技術・豊かな人間性を備えるための教育にとどまらず、世界レベルの研究・高度実践により作業療法の進歩と発展を牽引する役割を担う人材を育成します。最先端の専門知識と応用技術を学び、独創的・科学的な視点から課題解決に取り組む力を身につけるためのカリキュラムを設定しています。

このページでは作業療法について解説しています。さらに知りたい人は、作業療法をもっと知るをご覧ください。

作業療法の専門領域

作業療法には、主に4つの専門領域(身体障害、精神障害、発達期、高齢期)があります。作業療法は、年齢に関係なく、日常生活に支援が必要な全ての人を対象としています。

身体障害の作業療法

身体障害の作業療法では、脳卒中や神経難病(パーキンソン病など)の神経内科疾患、高齢者が転倒した際に生じる骨折、腕や手の骨・靭帯・腱の損傷といった整形外科疾患が主な対象です。また、交通事故などによる頚髄の損傷や頭部外傷、さらに近年では呼吸器や循環器などの内科疾患、がんの緩和医療にも携わっています。

例えば、脳卒中後に半身の運動麻痺や感覚機能の低下がある人に対して、その障害の程度や日常生活のどのような動作が行いにくいかについて調べ、個々の人に合わせた目標と訓練プログラムを計画します。作業療法では主に腕や手に着目し、関節の可動域を広げたり筋力を向上させたりする基礎練習とともに、箸や携帯電話などの日常生活物品を把持・操作する練習を段階的に行います。

160713_01
(臨床模擬場面)作業療法士のアシストによる、手の関節の可動域を広げる運動

160713_02
(臨床模擬場面)持ちやすく工夫された色鉛筆を用いた把持・操作練習

また、着替えや食事、整容などの生活において欠かせない様々な動作(Activities of Daily Living; ADL)の遂行能力をチェックしたうえで、より安全に効率よく行うための方法を提案したり、その人に適した福祉用具を導入することで物理的環境を調整したりしながら動作練習を実施します。練習内容は調理や掃除、学校や職場で必要となる動作など個々のニーズや障害の程度、病気になってからの時期に合わせて設定、変更しています。

160713_03
(臨床模擬場面)家庭復帰に向けた調理動作の模擬的な練習

なお、脳卒中後には身体の障害のみならず、注意力や記憶力が低下したり、空間の半分を見落としたりする高次脳機能障害を合併することがあるため、この側面に関する検査と練習を平行して行うことがしばしばあります。細かい手の動き(巧緻性)や高次脳機能を改善させるための手段としては手工芸やパズル、机上での筆記課題などを用います。

このように、患者さんの社会的背景を考慮して、その人らしい生活(家庭復帰や学業復帰、職場復帰など)の実現に向けて必要となるより具体的で応用的な生活動作を獲得するための練習・援助を行っています。

精神障害の作業療法

精神障害の作業療法では、こころの病や障害による“生活のしづらさ”を持っている方の治療や支援を行います。統合失調症、双極性障害、抑うつ障害、摂食障害、自閉スペクトラム症、認知症が主な対象疾患です。

作業療法士は、作業活動を通して、“生活のしづらさ”の機序を分析し適応的な対処行動を選択できるようにします。改善に時間と労力がかかり過ぎる場合は、もの・ひと・ことで補い、さらには環境調整などの周囲への働き掛けをします。回復段階に合わせ、入院では十分な休息を経てから早期離床および早期退院を、外来では再発予防に留意しつつも適応的なストレス対処行動や社会技能の習得を促します。それにより、対象者さんたちは作業療法によって目に見えない病や障害との付き合い方という機能を習得し、自分が望む社会参加を達成します。

作業療法は不安を軽減し勇気を強める役割もします。おおむね対象者さんたちは対人交流において辛い経験をしていますから、学校などへ戻る際に勇気が必要です。私を受け入れてくれるだろうかと不安になり、恐怖感を持ちます。でも、ひととの間で傷ついた経験はひととの間でこそ癒され乗り越えられると言われており、実際のひとで練習した方が良いです。作業療法士や他の対象者さんが“生活のしづらさ”を改善する練習相手であり、作業療法の場は回復途中の方々の癒しの居場所にもなります。つまり、対象者さんたちは作業療法によって社会の一員として自分自身を認める準備性を高められるようです。

最近では、認知機能障害や脳科学からの解明、心理教育や認知行動療法と組み合わせた作業療法、当事者同士の支援体制などの環境整備、そして就労就学支援として会社や学校との連携があります。さらには予防の観点からの取り組みも行われ、例えばひきこもりの方への支援にも取り組んでいます。将来、精神障害領域の作業療法は、病や障害を持っている方だけでなく、病院を訪れない方々の健康をより増進させる役割も担うでしょう。

発達期の作業療法

発達期の作業療法では、障がいのある子どもたちの生活と発達を支援します。子どもたちは生まれた時から、周囲の人やモノに興味を示し、自らそれらに関わり、個々の経験を通し様々なこと(対人関係、運動技能、生活技能 など)を学習します。しかし、障がいのある子どもたちは、運動の障がいや認知の障がい、心の障がいなどにより、このような学習のプロセスが上手くいかないことが多くあります。

例えば、運動の障がいがある子どもでは、人やモノに興味があっても、自ら移動し、手を伸ばして関わることが難しくなります。認知の障がいがある子どもでは、興味がもてるモノが限られていたり、人とのコミュニケーションが難しかったりするために、上手くモノや人と関わることができません。

160713_04
棒に通したリングを飛ばす遊びの様子。両手でリングを操作し、小さな穴に棒を通そうとしています。穴と棒の位置関係や方向性などを自分でリングを操作し、経験学習しています。上手に両手を使うためには、安定して座れるバランス能力も重要です。作業療法士は、棒の位置を調整しながら、子どもが上手に座って両手を使った試行錯誤が行いやすいように関わっています。

私たち作業療法士は、子どもの発達や興味に応じて、遊びを主とした活動を用い、経験学習のプロセスを支援します。作業療法を通じて、子どもの発達を促進すると共に、子どもとその家族の生活をより豊かにすることができます。

160713_05
自分が塗った絵を貼ってお店屋さんごっこをしている様子。歩くことや、立った状態で両手を使うことは、少し苦手なお子さんです。自分でぬった絵を順番に貼りに行き、お店屋さんの準備をしています。自分で目的をもって移動し、貼る位置なども考えながら取り組んでいます。作業療法士は、移動の状態を確認しながら、貼る位置や移動の環境をサポートしています。

今、発達期の作業療法では病院や施設のみでなく、地域や保育所・幼稚園・学校など子どもが日々過ごす生活の場で活躍する人が増えています。

高齢期の作業療法

我が国の高齢社会の進展、医療の進歩に伴い、高齢でも病気を持ちながら暮らす方の増加等、少子高齢化社会や核家族化といった大きな社会構造の変化により、高齢者に対する作業療法の社会的ニーズは非常に高くなっています。作業療法士は高齢者に対して、介護、生活支援、介護予防等のフィールドで高齢者が自分らしく生活できるよう生活の中の行為や環境に対してアプローチを行います。

脳卒中や認知症等になると、高齢者が長年かけて積み重ねて行われてきたその人にとっての大切な活動ができなくなります。例えば、それは食事やトイレの身の回りのこと、料理や洗濯などの家事から仕事や趣味等様々な生活の中での行為です。それぞれの個別の生活や人生に応じた高齢者のニーズを捉え、そのニーズに応じた支援を行っていきます。

161017_01
在宅での訪問作業療法での掃除機をかける評価・練習の場面です。写真の患者さんは脳卒中で右脳の損傷により、左半身の麻痺と注意、記憶の障害等がある患者さんです。一人暮らしでの在宅生活では身の回りのことだけでなく、家事も必要です。そのため、訪問の作業療法では、このように実際に掃除機や調理等が自宅で上手くできているか様子を見て、患者さんの能力や環境を併せて分析します。そして、どのようにしたらより上手くでき、在宅生活を継続できるかを考え、アプローチをしていきます。

高齢者は加齢のみならず、脳卒中や認知症等の身体や認知機能障害を伴い、さらには骨折や悪性腫瘍、心疾患や呼吸器疾患といった様々な疾病を合併することが多い対象者です。そのため、その人の生活や人生に寄り添って高齢者の生活の質(QOL)を高める視点と、心身に影響を及ぼす疾患の知識が、援助に求められます。

161017_02
写真の患者さんは公共交通の利用や買い物に行くための事前の屋外の歩行練習をしています。核家族化、高齢化により一人暮らしの高齢者も増えており、病気が原因で閉じこもりや寝たきりにならないように外出機会を作り、そのための練習も行います。

また、障害を持った高齢者のみならず、健常な高齢者も介護予防や疾病予防を目的とした作業療法の対象になり、地域での健康教室等で活躍している作業療法士もいます。